はじめに
日本の音楽史における「中世」は、雅楽一辺倒だった古代から、多様な音楽が花開いた時代へと大きく転換する重要な時代です。
この記事では、鎌倉時代から室町時代にかけての日本の音楽シーンを、雅楽、能楽、狂言、平曲、猿楽など、様々な角度から深堀りしていきます。
中世とは?
中世という時代は、厳密な定義が難しいですが、一般的には鎌倉時代から室町時代にかけての時期を指します。
この時代は、武士が台頭し、貴族文化が衰退していく一方で、民衆文化が大きく発展した時代でもあります。
音楽の世界においても、大きな変化が見られました。
中世以前の音楽
雅楽の時代
中世以前の日本の音楽は、宮廷音楽である雅楽が中心でした。
雅楽は、中国や朝鮮半島から伝来した音楽が日本独自の文化と融合し、神事や儀式に用いられてきました。
しかし、鎌倉時代になると武士の台頭とともに、貴族文化が衰退し、雅楽もその勢いを失っていきます。
中世における音楽の多様化
中世になると、雅楽に代わって様々な音楽が生まれ、発展しました。
平曲:物語を音楽に乗せて
平曲は、平家物語を琵琶の伴奏で語り聞かせる音楽です。
盲僧によって各地を巡りながら演奏され、民衆に広く親しまれました。
平曲の特徴は、物語を音楽に乗せて伝えるという点にあります。
これは、後の浄瑠璃や長唄に大きな影響を与え、物語を音楽で表現するという日本の伝統芸能の礎を築きました。
能楽:観阿弥・世阿弥が確立
能楽は、観阿弥・世阿弥親子によって確立された高度な芸能です。
音楽、舞踊、文学が一体となった総合芸術であり、中世から現代まで日本を代表する芸能として愛されています。
能楽の特徴は、神や仏、あるいは人間の心の内面を、仮面をつけた能役者が演じるという点にあります。
狂言:能楽のコミカルな側面
狂言は、能楽と対をなす芸能で、能の間の幕間劇として発展しました。
滑稽な動作や言葉で観客を笑わせ、能楽の厳粛な雰囲気を和らげる役割を果たしました。
狂言は、能楽の登場人物であるワキやアイを題材にしたものが多く、能楽との深い関わりが見られます。
猿楽:歌舞伎の源流
猿楽は、能楽の起源となった芸能です。
田楽や散楽などの要素を取り入れ、神楽や歌舞伎にも影響を与えました。
猿楽は、その名の通り猿の真似をするなど、コミカルな要素が強く、大衆に人気を博しました。
中世音楽の特徴と影響
中世の音楽は、以下の特徴を持っていました。
民衆への広がり
雅楽が貴族や僧侶など限られた人々の間で演奏されていたのに対し、中世の音楽は民衆に広く親しまれるようになりました。
物語性
平曲や能楽など、物語を題材にした音楽が多く見られました。
宗教との結びつき
仏教や神道など、宗教と深く結びついた音楽も多く存在しました。
地域性
各地で様々な音楽が生まれ、地域独自の音楽文化が発展しました。
中世の音楽は、後の日本の音楽に多大な影響を与えました。
能楽は、江戸時代以降も発展を続け、日本の伝統芸能の代表となりました。
猿楽は、歌舞伎へと発展し、江戸時代の庶民文化を代表する芸能として、現在も人気があります。
また、平曲は、浄瑠璃や長唄に発展し、歌舞伎の音楽として用いられ、日本の音楽文化に深く根付いています。
まとめ
中世の音楽は、雅楽一辺倒だった古代から、多様な音楽が花開いた時代へと大きく転換した重要な時代でした。中世に生まれた様々な音楽は、後の日本の音楽文化に大きな影響を与え、現代の私たちもその恩恵を受けています。
参考文献
- 『日本の音楽史』音楽之友社
- 『雅楽の世界』岩波書店
- 『能楽入門』岩波新書
- 『日本の歴史』講談社
- 『中世芸能史』岩波書店