中国音楽【二胡の歴史】名曲5選と運弓法を解説。

曲・ジャンル解説
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はじめに

二胡は、中国の伝統音楽において、その表現力の豊かさから「東洋のヴァイオリン」とも称される弓弦楽器です。二本の弦と一つの共鳴胴というシンプルな構造を持ちながら、人間の声に最も近いとされるその音色は、聴く者に深い哀愁や喜び、そして悠久の歴史の物語を伝えます。

本記事は、二胡の誕生から現代までの壮大な歴史をたどり、その発展に不可欠であった演奏技法の進化を解説します。また、プロの演奏家の視点から、その情感豊かな音色を最大限に堪能できる必聴の代表曲を厳選して紹介します。

この記事を通じて、読者は二胡という楽器の技術的・文化的奥深さに触れ、その音楽が持つ普遍的な魅力と、中国音楽におけるその重要な役割を理解することができるでしょう。

二胡の起源と歴史的変遷

二胡の歴史は古く、シルクロードを通じた異文化交流の中でその原型が育まれました。数多くの楽器の変遷を経て、現在の洗練された形へと進化を遂げています。

原型楽器の出現と宋代の確立

西域からの伝来と「奚琴」の誕生

二胡の起源となる楽器は、主に唐代(7世紀頃)に中国の西方、すなわち西域から伝来した弓弦楽器にあるとされます。その代表が「奚琴(けいきん)」です。奚琴は、北方民族の一つである奚族によって使用されていた楽器であり、木製の胴と二本の弦を持ち、馬の毛で作られた弓で演奏されていました。

この時期、中国の宮廷音楽や宴席の音楽に弓弦楽器が取り入れられ始め、その音色が中国全土に広がる基礎が築かれました。

宋代から清代にかけての発展

宋代(10世紀から13世紀頃)に入ると、奚琴は「嵇琴(けいきん)」や「胡琴(こきん)」と呼ばれるようになり、より広い地域で演奏されるようになります。この頃、楽器の構造は徐々に簡略化され、庶民の間の歌謡や地方劇の伴奏楽器として重要な地位を占めました。

清代(17世紀から20世紀初頭)には、地方の戯曲や京劇、崑曲などの伴奏楽器として、その音域と音色はさらに洗練され、現代の二胡に近い形へと近づいていきました。しかし、この時期の二胡はまだ独奏楽器としての地位は確立されていませんでした。

現代二胡の確立と独奏楽器への進化

劉天華による改革と芸術性の確立

二胡が独奏楽器としての地位を確立し、世界に誇れる芸術音楽へと昇華したのは、20世紀初頭の劉天華(りゅう てんか)の功績によるものです。1920年代、彼は西洋音楽を学び、その知識を二胡の改良と演奏法の確立に注ぎました。彼は二胡の音域を広げ、音色を豊かにするために楽器の構造を改良し、さらに二胡のための新しい演奏技法を体系化しました。

現代的な二胡作品の創造

劉天華はまた、二胡の表現力を最大限に引き出すための革新的な独奏曲を多数創作しました。彼の代表作である「病中吟」「良宵」「空山鳥語」などは、二胡が持つ深い感情表現と技巧的な可能性を世界に示し、この楽器の地位を飛躍的に向上させました。

彼の活動によって、二胡は地方劇の伴奏楽器という枠を超え、コンサートホールで演奏される主要な独奏楽器としてのアイデンティティを確立しました。

必聴の二胡名曲5選

二胡の魅力は、その楽曲の持つ深い情感とストーリーテリングにあります。ここでは、二胡の歴史を語る上で欠かせない、必聴の代表曲を厳選して解説します。

1. 二泉映月

曲の背景と作者の人生

「二泉映月(にせんえいげつ)」は、盲目の天才音楽家であった華彦鈞(か げんきん)(阿炳/アービン、1893年-1950年)によって作曲されました。曲名は、作者の故郷、無錫にある「恵山泉」と「映月」の美しい風景に由来しますが、曲調は非常に悲哀に満ち、作者の孤独で過酷な人生経験が色濃く反映されています。

音楽的特徴と表現技法

この曲は、二胡が持つ哀愁と深遠な響きを最もよく表現した作品とされます。遅いテンポと、執拗に繰り返される主題が特徴的で、深い呼吸と絶妙な揉弦(ヴィブラート)の技術が要求されます。二胡の低音域を主体とし、抑えられた感情の中から湧き出るような悲しみや、人生に対する諦観にも似た哲学的な問いかけを感じさせます。

2. 空山鳥語

作者:現代二胡の父、劉天華

「空山鳥語(くうざんちょうご)」は、二胡を独奏楽器へと高めた劉天華が1928年に作曲した作品です。都会の喧騒から離れた静かな山の中で、鳥たちがさえずり、響き渡る情景を描いています。この曲は、二胡の技巧的な可能性を大きく広げた点でも重要です。

音楽的特徴と革新的な技法

曲は速いパッセージと軽快なリズムが特徴で、二胡が持つ最高音域を多用します。特に、鳥のさえずりを模倣するために、特殊な運弓法や人工ハーモニクス(人工倍音)といった革新的な演奏技術が用いられています。これにより、二胡が感情表現だけでなく、自然の情景描写においても優れていることを証明しました。

3. 良宵

喜びと安らぎのメロディ

同じく劉天華の作品である「良宵(りょうしょう)」は、1927年の大晦日に友人との宴席で即興的に作曲されたと伝えられる小品です。その題名の通り、「良い夜」「美しい夜」の穏やかで幸福感に満ちた雰囲気を描いています。

音楽的特徴とシンプルな美しさ

この曲は、派手な技巧を避け、美しいメロディラインと優雅なリズムに重点を置いています。特に、二胡の最も美しい中音域を活かし、素直で温かみのある音色で演奏されます。複雑な技巧よりも、呼吸とフレージングの美しさが求められる、二胡学習者にとっても重要な教材となっています。

4. 賽馬

民族的な主題と躍動感

「賽馬(さいば)」は、黄海懐(こう かいかい)によって1959年に作曲された作品です。内モンゴルの草原で行われる競馬の情景をモチーフにしており、その音楽はモンゴル民族の陽気で躍動的なリズムとメロディに基づいています。

音楽的特徴と特殊な奏法

この曲は、二胡の力強い演奏法を最大限に引き出します。特に、馬の嘶きやギャロップのリズムを模倣するために、弓を素早く上下させる特殊な運弓技法や、弦を指で叩くピチカート(撥弦)などの技術が用いられます。その明るく、生命力あふれる表現は、二胡の持つ新たな魅力を開拓しました。

5. 江河水

東北地方の民間音楽に基づく

「江河水(こうがすい)」は、東北地方(満州)の民間音楽である「鼓吹楽(こすいらく)」の曲調を二胡独奏曲として編曲したものです。その音楽は、非常に抑制された悲しみと、感情の深い慟哭を描き出し、聴く者に強い衝撃を与えます。

音楽的特徴と究極の感情表現

この曲は、二胡の感情表現の極致を示す作品として知られています。ゆっくりとしたテンポの中で、二胡の奏者は弓の圧力を最大限にコントロールし、まるで泣き叫ぶような音色を生み出します。特に、左手の指を弦に深く食い込ませるようなヴィブラート(揉弦)は、聴く者の心を揺さぶる民族的な悲嘆の感情を表現します。

演奏技術の核心

二胡の音色が「人の声」に例えられるのは、その運弓法(うんきゅうほう)と揉弦(じゅうげん)という二つの主要な技術が、人間の呼吸と声の抑揚を模倣しているからです。

運弓法の種類と表現の多様性

弓の圧力と音色の変化

二胡の運弓法は、弓の毛を弦に当てる圧力と、弓を動かすスピードによって、音色を無限に変化させることができます。感情を込める際には弓の圧力を高め、深く豊かな響きを生み出し、優しく繊細な音を出す際には圧力を緩め、空気感のある音色を創り出します。これは、西洋のヴァイオリンよりもはるかに直接的に奏者の感情を音に反映させることができます。

弓の長さと呼吸の関係

二胡演奏家は、長い弓(全弓)を使って一息で長いフレーズを奏でることで、歌のブレス(呼吸)のような滑らかさを表現します。短い弓(短弓)は、リズムを刻んだり、活発な表現を行ったりする際に用いられます。運弓の方向や長さは、楽曲の構造や情感に合わせて緻密に計算され、音楽の「呼吸」を決定づけます。

揉弦(ヴィブラート)の技術と情感

揉弦の基本と種類

揉弦(ヴィブラート)は、左手の指で弦を押さえながら、その指を揺らして音程を細かく変化させる技術です。二胡の演奏において、揉弦は感情を表現する上で最も重要な技術とされます。

揉弦には、指を細かく速く揺らすことで緊張感や激しい感情を表現する「快揉(速い揉弦)」や、ゆっくりと大きく揺らすことで深い哀愁や温かみを表現する「慢揉(遅い揉弦)」など、様々な種類があります。曲の情感に応じて、揉弦の速さ、幅、深さを自在に変えることで、聴く者に人間の多様な感情の揺れを伝えます。

揉弦とフレージング

揉弦は単なる装飾ではなく、フレージング(楽曲の区切り)の一部として機能します。フレーズの始まりや終わり、感情のクライマックスなど、音楽の構造的なポイントで揉弦を深くしたり、あるいは敢えて止めたりすることで、音楽的な意味合いを強調します。これは、歌い手が言葉のイントネーションを使い分けるのと全く同じ役割を果たします。

二胡の現代的な役割と未来

二胡は伝統を重んじながらも、現代社会やグローバルな音楽シーンの中で常に進化を続けています。

民族管弦楽団と協奏曲の発展

現代的なアンサンブルへの統合

20世紀半ば以降、二胡は中国の伝統楽器のみで構成される民族管弦楽団の主要な弦楽器として位置づけられました。西洋オーケストラにおけるヴァイオリンの役割を担い、アンサンブルの中でメロディと情感を担う中心的な存在となりました。

大規模な協奏曲の誕生

二胡の表現力が認められ、大規模なオーケストラ(民族管弦楽団または西洋オーケストラ)との協奏曲(コンチェルト)が数多く作曲されました。これらの作品は、二胡の技巧と叙情性を最大限に引き出し、西洋のクラシック音楽に匹敵する壮大さと複雑さを持つに至っています。これにより、二胡は国際的なクラシック音楽のレパートリーにも組み込まれるようになりました。

異文化との融合と新たな可能性

ジャズ、ポップス、映画音楽への応用

現代の二胡演奏家は、伝統的な枠を超え、ジャズ、ロック、ポップス、そして映画音楽など、様々なジャンルとのコラボレーションを積極的に行っています。二胡の持つエキゾチックでありながら普遍的な音色は、世界中の聴衆に新しいインスピレーションを与え、異文化間の音楽的な対話を促進しています。

デジタル技術による音色の拡張

デジタル時代において、二胡の音色はサンプリングされ、電子楽器やシンセサイザーの音源としても活用されています。これにより、二胡の音色がより多くの音楽クリエイターの手に届き、伝統的な演奏形式にとらわれない、新しい音響表現の可能性が常に開かれています。

まとめ

本記事では、二胡が奚琴として誕生した古代から、劉天華の改革を経て独奏楽器へと昇華し、現代のグローバルな舞台で活躍するまでの壮大な歴史をたどりました。特に、二胡の音色が「人の声」に例えられるのは、運弓法や揉弦といった高度な演奏技術が、人間の呼吸や感情の揺れを緻密に模倣しているからです。

必聴の五大名曲、「二泉映月」の深遠な悲哀から、「賽馬」の躍動感まで、二胡の音楽は、作曲家の人生や中国の広大な風景、そして民族の魂を表現し続けてきました。二胡は、単なる歴史的な楽器ではなく、その普遍的な情感を伝える能力によって、今後も世界中の聴衆の心を打ち続けるでしょう。

参考文献

  • 劉東風, 『中国伝統音楽史』, 上海音楽出版社, 2015年
  • 楊蔭瀏, 『中国古代音楽史稿』, 人民音楽出版社, 1981年
  • 趙方, 『中国の楽器と音楽』, 芸術出版社, 2008年
  • 李松寿, 『二胡演奏法教程』, 中国音楽出版社, 2005年
  • Han, K. C., and Han, K. (1996). The Study of Chinese Musical Instruments. Asia Pacific Arts Foundation.
この記事を書いた人
@RAIN

音高・音大卒業後、新卒で芸能マネージャーになり、25歳からはフリーランスで芸能・音楽の裏方をしています。音楽業界で経験したことなどをこっそり書いています。そのほか興味があることを調べてまとめたりしています。
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