現代と中世における「音楽」の概念差
現代社会において、音楽は主に芸術、娯楽、あるいは感情表現の手段として認識されています。しかし、古代ギリシャから中世ヨーロッパの学問体系においては、「音楽」という言葉が指す概念は、私たちが今日考えるものとは根本的に異なっていました。当時の音楽は、単なる音を楽しむ行為ではなく、宇宙や自然界に内在する法則、すなわち「調和」を理解するための厳密な科学的探求の一部でした。
この哲学的な視点こそが、中世の教育システムにおける音楽の地位を決定づけ、後の西洋音楽理論の土台を築いたのです。本稿では、この歴史的な変遷と、音楽を実践する者(カントル)と理論的に探求する者(ムジクス)との間にあった明確な区別について解説します。
宇宙論的視点
自由七科の構造と大学の起源
中世ヨーロッパの大学における基礎教育は、自由七科(リベラル・アーツ)として確立されていました。この体系は古代ローマ時代に起源を持ち、中世の修道院や大聖堂学校で継承され、初期の大学(ボローニャ、パリなど)の教養課程の基盤となりました。
この教育は、単に職業的なスキルを教えるのではなく、市民が自由な議論に参加し、真理を探求し、道徳的に生きるために必要な知性を磨くことを目的としていました。三科(トリヴィウム)が言葉の技術(文法、修辞学、弁証法)を扱うのに対し、四科(クアドリヴィウム)は真理の普遍的な側面、すなわち数学と哲学を扱うとされました。
四科の厳密な定義と時間概念
音楽は、この四科(クアドリヴィウム)の中で、数的な比率と秩序を探求する科目として、以下の学問と並びました。特に、四科は「数」をどのように扱うかによって階層化されていました。
- 算術(数論):純粋な数そのものを、静的な状態(不変性)において扱う。
- 幾何学:空間における数を、固定された形(静的な比率)において扱う。
- 天文学:時空を動く数、すなわち天体の周期的な動きや比率を扱う。
- 音楽:調和として実現された動く数、すなわち聴覚を通じて現れる、時間の中で展開する比率を扱う。
音楽は、数学的な法則(比率)が、時間という要素の中でどのように展開し、人間の感覚に影響を与えるかを研究する、実践的かつ抽象的な科学でした。音楽の調和は、時間的な連続性の中で比率が維持されることを意味し、これは天文学が探求する宇宙の永続的な秩序と強く関連付けられていました。
音楽と「ピュシス(自然)」の調和:ピタゴラスの遺産
古代ギリシャのピタゴラス学派は、音程間の美しい協和音が、単純な整数の比率(例:オクターブは $1:2$、完全五度は $2:3$)で成り立っていることを発見しました。この発見は、音楽が人間の恣意的な創作物ではなく、世界の構造そのものに根ざした法則の表れであるという結論に繋がりました。
ピタゴラスはさらに、惑星間の距離や軌道速度もまた、音楽的な音程の比率に対応していると考え、これを「天体の音楽(Harmonia Mundi)」と名付けました。したがって、音楽を学ぶことは、人間が支配できない外部の宇宙や自然(ピュシス)の秩序を知ることに他ならず、最高の知識とされたのです。この思想は、後に「ムジカ・ムンダーナ(宇宙の音楽)」という概念の核となります。
ムジクスとカントルの明確な区別
「音楽は調和の学問である」という前提は、音楽に関わる人間の役割を明確に二分しました。この分類は、単に技術者と理論家という区別以上の、知性と学識の階層を示すものであり、中世の教育体系における音楽の目標を規定しました。
ムジクス(Musicas)の役割
ムジクス(Musicas)は、音楽の背後にある数学的な理論、音程間の比率、旋律の構造を知的に理解し、判断できる人物を指しました。
彼らの主要な関心は、演奏行為自体ではなく、音律、旋法(モード)、リズムといった要素を構成する数学的な法則にありました。ムジクスは、なぜ特定の音が協和し、なぜ不協和となるのかを、ピタゴラスの比率や音律の理論に基づき説明できました。彼らは、音楽を概念として分析し、論理的に批判する能力を持っていました。
この「ムジクス」こそが、学問としての音楽を体現する存在であり、現代の「Music(音楽)」という言葉の語源となったと考えられています。彼らは、感覚に惑わされることなく、理性によって真理を探求する哲学者としての地位を享受していました。
カントル(Cantor)の役割
カントル(Cantor)は、理論的な知識を持たず、楽譜を読んで歌ったり、楽器を演奏したりすることを通じて音楽を実践する人物を指しました。
彼らは、音楽を「感覚」や「習慣」、「模倣」によって再現する実行者であり、その活動は学問的な探求とは見なされませんでした。中世の音楽理論家ヨハネス・ド・ムリスは、「カントルは歌うが、なぜ歌うのかを知らない」と厳しく論じており、カントルを、理性を持たずただ音を出す「楽器」そのものと同等に見なす傾向すらありました。
彼らの行為はラテン語で「歌う」(Cantare)に由来し、このカントルが、現代の音楽用語で「カンタービレ(Cantabile)」(歌うように)という表現の語源の一つであるとされています。彼らの役割は、教会の典礼などにおいて、理論的知識を必要としない技術的な側面に限定されていました。
哲学的な三層構造
6世紀の哲学者ボエティウスは、古代ギリシャの音楽理論をラテン語圏に伝え、中世の音楽理論の基礎を確立しました。彼の著書『音楽教程(De institutione musica)』の中で、彼は音楽を三つの階層に分類し、ムジクスが真に探求すべき対象を明確にしました。この分類は、音楽を宇宙の秩序と結びつける当時の思想を象徴しています。
- ムジカ・ムンダーナ(Musica Mundana / 宇宙の音楽)最も高次の音楽であり、宇宙の天体運行、惑星間の距離や速度の比率、四季の変化、元素の調和など、自然界のあらゆるものが発しているとされる聴こえない調和です。これは宇宙の数学的秩序の現れであり、神の創造の完全性を反映しているとされました。
- ムジカ・フマーナ(Musica Humana / 人間の音楽)人間の内部に存在する調和で、身体と魂、理性と感情、肉体と精神の間のバランスを指します。古代ギリシャのエートス論に基づき、音楽を聴くことで魂の情念を整え、健康で道徳的な状態を保つことが目的とされました。これは、個人の精神的な秩序を探求する階層です。
- ムジカ・インストゥルメンターリス(Musica Instrumentalis / 道具の音楽)実際に楽器や声帯を使って演奏され、人間の耳に聴こえる音楽です。カントルが担うのはこの最下層の音楽です。これは、上の二つの音楽の不完全な模倣に過ぎないと見なされました。
ムジクスは、この「ムジカ・インストゥルメンターリス」を分析し、その比率の背後にある「ムジカ・ムンダーナ」や「ムジカ・フマーナ」といった真の調和の法則を探求する知的な存在でした。この明確な構造が、音楽が単なる娯楽ではなく、世界の真理に触れるための哲学であったことを決定づけています。
まとめ
中世における音楽の学問的な位置付けは、西洋の高等教育の基盤を築きました。自由七科の体系は、ルネサンス期を通じて人文主義(ヒューマニズム)の発展に寄与し、音楽は理論的な知性と数学的な思考を磨くための重要な訓練科目であり続けました。
現代の大学における音楽学部や音楽理論の研究は、ムジクスが追求した調和と法則の探求の精神を受け継いでいます。この歴史的背景を知ることは、私たちが「クラシック音楽」と呼ぶものが、単なる芸術作品ではなく、数と哲学に基づいた壮大な知的遺産であることを理解する鍵となります。
参考文献
- ボーエティウス. (2010). 音楽教程(De institutione musica).
- リーベラル・アーツ研究会. (2015). 自由七科の歴史と現在.
- デイヴィッド・ホイットウェル. (2002). 音楽の歴史と哲学.
- ヨハネス・ド・ムリス. (14世紀). 音楽理論に関する論考.

