【音楽と感情】なぜあの曲で涙が止まらなくなるのか?

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はじめに

音楽は、私たちの日常生活に深く根ざし、喜びや興奮、悲しみや郷愁といった様々な感情を呼び起こします。特定の曲を聴いて涙が止まらなくなったり、逆に耳障りな音に不安を感じたりすることは、誰しもが経験する現象でしょう。なぜ音楽は私たちの感情にこれほどまでに強く訴えかけるのでしょうか?

本記事では、音楽が感情や心理に与える影響を深掘りし、特定の音に対する不安や、音楽と記憶の不思議な関係を、心理学的・生理学的メカニズムから探ります。

音楽が感情に与える影響

音楽は、言葉や視覚情報に頼ることなく、私たちの感情に直接働きかける力を持っています。これは、音そのものが持つ特性と、脳の感情処理メカニズムが密接に結びついているためです。

特定の音や音楽が喚起する感情

音楽を聴いたときに感じる感情は、人によって様々ですが、特定の音の要素は普遍的な感情反応を引き起こす傾向があります。

喜びと高揚感:一般的に、明るい長調のメロディ、速いテンポ、力強いリズム、豊かなハーモニーは、喜びや幸福感、高揚感を呼び起こします。ポップスやダンスミュージックがパーティーを盛り上げ、スポーツの応援歌が選手や観客の士気を高めるのはそのためです。ドーパミンなどの快楽物質の分泌が促進され、ポジティブな気分になります。

悲しみと郷愁:一方、暗い短調のメロディ、ゆったりとしたテンポ、不規則なリズム、不協和音の要素は、悲しみや切なさ、郷愁の感情を誘発することがあります。失恋の歌を聴いて涙が止まらなくなったり、故郷の歌に懐かしさを覚えたりするのは、音楽が過去の記憶や感情と結びつきやすいためです。

不安と緊張:特定の音や音楽は、不安や緊張、恐怖といったネガティブな感情を引き起こすことがあります。例えば、ホラー映画で使われる不協和音や予測不能な音の動き、急激な音量の変化などは、聴き手の不安を煽り、緊迫感を高めます。私たちの脳は、危険を察知する際に特定の音パターンに敏感に反応するようにプログラムされているため、このような音は本能的な警戒反応を引き起こすのです。

不協和音、低周波音などが心理に与える影響

音楽的な文脈における不協和音だけでなく、特定の物理的な音の性質も、私たちの心理に直接影響を与えます。

不協和音の心理的影響

不協和音は、複数の音が同時に鳴らされたときに、互いに協和せず、耳に不快感や緊張感を与える響きです。西洋音楽の伝統では、不協和音は解決を求める「不安定な響き」として扱われ、解決することで安定した協和音に戻るというドラマティックな効果を生み出してきました。

しかし、意図的に不協和音を多用することで、聴き手に不安、混乱、緊張、あるいは不穏な感情を抱かせることができます。これは、私たちの聴覚システムが、純粋な周波数の組み合わせ(協和音)に対して心地よさを感じる一方で、複雑で予測しにくい周波数の組み合わせ(不協和音)に対してストレス反応を示すためと考えられています。

低周波音の心理的影響

低周波音は、人間の耳にはほとんど聞こえない、あるいはかすかに聞こえる程度の非常に低い周波数の音(20Hz以下)です。しかし、この低周波音は、意識的に知覚されなくても、人体の生理機能や心理状態に影響を与えることが指摘されています。

例えば、体内に共鳴することで不快感や圧迫感を引き起こしたり、漠然とした不安感、イライラ、不眠などの症状を引き起こす可能性があります。工事現場や大型機械の振動、自然現象(地震の前の地鳴りなど)から発生する低周波音は、聴覚以外の感覚を通して私たちに影響を与え、無意識のうちにストレスを蓄積させる要因となることがあります。

特定の音に不安を感じる現象

特定の音や音楽に対して過度な不安や恐怖を感じる現象は、一般的な不快感を超えて「音楽恐怖症(Musophobia / Melophobia)」として知られています。これは単なる好き嫌いではなく、特定の刺激に対する強い生理的・心理的反応を伴うものです。

不安になる音のメカニズム

なぜ、ある音は私たちを不安にさせるのでしょうか。そのメカニズムは、主に以下の要因によって説明されます。

過去のトラウマ体験との結びつき

特定の音や音楽が、過去のネガティブな体験やトラウマと強く結びついている場合、その音を聴くことで当時の感情が鮮明に呼び起こされ、不安や恐怖を感じることがあります。

例えば、事故現場で流れていた音楽、つらい出来事の背景にあった音、あるいは特定の人物との不快な記憶と関連付けられたメロディなどが、トリガーとなり得ます。これは、脳の扁桃体(感情の中枢)と海馬(記憶の中枢)が密接に連携しているため、感情的な記憶が強く定着し、特定の音によってそれが再活性化されるためと考えられます。

生理学的反応と本能的な警戒

一部の音は、私たちの本能的な警戒システムを刺激します。例えば、高音で鋭い音(ガラスが割れる音、悲鳴など)、急激な音量の変化、予測不能なリズム、あるいは前述の不協和音や低周波音などは、危険を察知するための信号として、私たちに生理的なストレス反応(心拍数の上昇、発汗、筋肉の緊張など)を引き起こします。

これは、進化の過程で、生存のために危険な音に敏感に反応するように脳が形成されてきた名残であると言えます。

音の物理的特性と脳の処理

音の物理的な特性、例えば周波数、音量、音色、持続時間なども、不安を引き起こす要因となります。特に、特定の非線形な音(例:カチカチという規則的でない音、不自然な音質の声)は、脳が処理しにくく、ストレスとして認識されることがあります。

また、人によっては特定の周波数帯域の音に対して過敏に反応する「過聴症(Hyperacusis)」のような状態である場合もあり、これが不安感につながることもあります。

音楽と記憶の不思議な関係

音楽は、私たちの記憶と深く結びつき、過去の出来事や感情を鮮明に呼び覚ます強力な力を持っています。この現象は、特に「プルースト効果」として知られ、音楽が持つ独自の心理的効果の一つです。

プルースト効果とは?

プルースト効果」とは、フランスの小説家マルセル・プルーストの著書『失われた時を求めて』の中で、主人公がマドレーヌを紅茶に浸した匂いをかいだことで、幼少期の記憶が鮮明に蘇る場面に由来する心理現象です。音楽においては、特定の曲や音が、過去の特定の時期や出来事、あるいはその時の感情や雰囲気を、まるでタイムカプセルのように呼び起こす現象を指します。

この効果が強いのは、音楽が感情と記憶のネットワークに直接働きかけるためです。音楽を聴いているときに体験した出来事や感情は、脳の海馬と扁桃体によって強く結びつけられて記憶されます。そのため、その音楽を再び聴くと、脳内の関連する神経回路が活性化され、当時の記憶や感情が鮮やかに再現されるのです。

音楽と記憶のメカニズム

感情的な記憶の形成

音楽は、感情を強く喚起する性質があるため、エピソード記憶(個人的な経験の記憶)と結びつきやすいという特徴があります。特に、人生の重要な時期(青春時代、恋愛、人生の転機など)に聴いていた音楽は、その時期の感情や出来事と共に強固に記憶されます。このため、何十年経ってもその曲を聴けば、当時の感情や情景が鮮やかに蘇るのです。

脳の複数の領域の同時活性化

音楽を聴くことは、聴覚野だけでなく、感情を司る扁桃体、記憶を司る海馬、そして運動やリズムに関わる小脳や運動野など、脳の広範囲の領域を同時に活性化させます。この複数の領域が同時に活性化することで、記憶がより多角的で強固なものとして定着しやすくなります。そして、後になってその音楽を聴いたとき、これらの領域が再び活性化することで、記憶が鮮明に呼び覚まされるのです。

記憶に残りやすい音楽の特性

記憶に残りやすい音楽には、いくつかの特性があります。

反復性:サビやキャッチーなメロディの繰り返しは、記憶への定着を助けます。 感情喚起性:喜び、悲しみ、怒りなど、強い感情を呼び起こす音楽は、記憶と強く結びつきやすいです。 独自性:他にはない独特なメロディやリズム、音色は、記憶に残りやすく、差別化されます。 社会的共有性:多くの人が共有し、一緒に歌ったり聴いたりする経験を持つ音楽は、社会的な記憶としても定着しやすくなります。

音楽が共感や集団意識に与える影響

音楽は、個人の感情に作用するだけでなく、集団の感情や意識にも大きな影響を与えます。

共感の促進

音楽は、他者の感情を理解し、共有する「共感」を促す強力なツールです。悲しい曲を聴いて共感し、あるいは勇気づけられる曲に励まされるのは、音楽が持つ普遍的な感情表現の力によるものです。

特に歌詞とメロディが相まって、共感的なつながりを生み出すことがあります。前述の「ミラーニューロンシステム」も、他者の音楽的表現を自分の内側でシミュレートすることで、共感性を高める役割を担っていると考えられます。

集団意識と連帯感の形成

共に歌ったり、演奏したり、あるいは同じ音楽を聴いて踊ったりする行為は、集団に属する意識と強い連帯感を生み出します。スポーツの応援歌、国家の国歌、宗教的な讃美歌、デモ行進の歌などは、集団のアイデンティティを強化し、共通の目的意識を持たせる上で不可欠な要素です。

音楽は、個人が集団の一部であることを強く意識させ、一体感を醸成する「接着剤」のような役割を果たすのです。フェスやライブでの一体感は、その最たる例と言えるでしょう。

音楽を聴かない人々の心理と性格

世の中には、あまり音楽を聴かない、あるいは音楽に対して特別な興味を示さない人もいます。これは、単なる個人の好みの違いだけでなく、ある程度の心理的・性格的傾向と関連している可能性が指摘されています。

音楽への興味が薄い理由

音楽を聴かない理由には様々なものがありますが、以下のような傾向が見られることがあります。

情報過多への回避:常に情報に晒される現代社会において、音楽を「余計な情報」と捉え、あえて遮断することで精神的な負荷を軽減しようとする人がいます。

内向性や集中への志向:集中を妨げられることを嫌い、静かな環境を好む傾向がある人もいます。彼らは、外部からの刺激よりも、自身の内面的な思考や感情に集中することを好む場合があります。

音楽経験の少なさ:幼少期に音楽に触れる機会が少なかったり、特定の音楽ジャンルに触れる機会が限られていたりすることで、音楽に対する興味が育ちにくい場合もあります。

音楽的快感の個人差:音楽を聴いたときの報酬系(ドーパミン分泌)の活性化には個人差があることが示されており、音楽から得られる快感が少ないため、積極的に音楽を求めないというケースも考えられます。

音楽を聴かない人の性格的傾向(仮説)

音楽を聴かない人がすべて同じ性格であるわけではありませんが、一般的な傾向として、以下のような特徴が挙げられることがあります。

内省的で論理的:感情よりも論理や合理性を重視し、物事を客観的に分析することを好む傾向があるかもしれません。

刺激への耐性が低い:外部からの刺激に対して敏感で、過度な音刺激を避ける傾向がある可能性があります。

独立性が高い:集団行動よりも単独行動を好み、他者との感情的なつながりよりも自身の内面的な世界を重視する傾向があるかもしれません。

感受性の個人差:感情の動きが比較的穏やかであったり、音楽以外の方法で感情を処理・表現するタイプである可能性もあります。

ただし、これらの傾向はあくまで仮説であり、個人差が非常に大きいため、一概に決めつけることはできません。音楽を聴かないことが、その人の性格や心理状態の良し悪しを判断する基準になるわけではないことを理解しておく必要があります。

まとめ

音楽は、私たちの感情に深く作用し、喜びや悲しみ、不安といった多様な心理現象を引き起こします。特定の音や音楽が不安を呼び起こす背景には、過去のトラウマとの結びつきや本能的な警戒反応、そして音の物理的な特性が複雑に絡み合っています。特に不協和音や低周波音は、私たちの心理に直接的な影響を与えることが示されています。

一方で、音楽は記憶と強く結びつき、「プルースト効果」として知られるように、過去の出来事や感情を鮮明に呼び覚ます力を持っています。そして、個人の感情だけでなく、共感を促進し、集団の連帯感を高める社会的な役割も果たしています。

音楽を聴くかどうか、どのような音楽を好むかは、個人の心理や性格、経験によって大きく異なります。音楽が持つ心理的な影響力を理解することは、私たち自身の感情をより深く理解し、日常生活を豊かにする一助となるでしょう。音楽は、私たちの感情と記憶の奥深くに響く、まさに羅針盤のような存在と言えるかもしれません。

参考文献

  • Juslin, P. N., & Sloboda, J. A. (Eds.). (2010). Handbook of Music and Emotion: Theory, Research, Applications. Oxford University Press.
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  • Huron, D. (2006). Sweet Anticipation: Music and the Psychology of Expectation. MIT Press.
この記事を書いた人
@RAIN

音高・音大卒業後、新卒で芸能マネージャーになり、25歳からはフリーランスで芸能・音楽の裏方をしています。音楽業界で経験したことなどをこっそり書いています。そのほか興味があることを調べてまとめたりしています。
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